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12月28日

2000年問題について大いに語る
1999年12月28日出張へ向かうために時間待ちをしている駅で書いている。
今年もあと少し。あっという間であった。
歳をとってから例年こんな風に思うのであるが、今年は若干違う感じがただよって
いる。
「あーあーとうとう来ちゃったナー。」
ていう感じてである。
そう、今年は2000年問題である。そうそう「Y2K」なのだ。
しかし、この「Y2K」、アメリカの方でこんな呼び方をしているのだろうが、
知らない間に「2000年問題」と肩を並べるくらい浸透している。
だいだい私はこのアルファベット(数字も含む)3文字省略語が大嫌いなのだ。
このアルファベット3文字略語は、特にコンピュータ業界で多様される傾向にある。
「MIS」、「SIS」、「DSS」、「CSS」とチョット思い出しただけでもこんなに出てきた。
まあ「2000年問題」と記述するより「Y2K」と書けば手っ取り早くていいのだが、
人としゃべる時にやたらこの3文字略語を多様する人間がいる。
こういうヤツ程、その語の本質的な意味を理解していない場合が多い。
それどころか、わざっと、世間には知られていない語を使うヤツがいる。
「ですからネ。『ABC』が浸透してくればこの問題は解決しますヨ」
「ほーそうなんだ。ところで、その『ABC』てナニ?」
待ってたとばかりに相手は答えるのである。
「『あくちゃるべーすどこすてぃんぐ』ですよ。」

そんな説明ではよけいにわからないのであるが、これ以上は決して
質問してはいけない。
なんせ、相手はこの3文字略語を覚えた事を披露したかったのだ、
質問しても確かな答えが返ってこないし、せっかくイイ気持になって
いる相手をあたふたさせても、なんもメリットはない。
あとで、自分で専門用語辞典などで調べるのが確かな方法である。
えー、本筋は2000年問題であったがすごーくそれてしまった。
残念ながら紙面もつきたので(ウソです)、2000年問題については、
また、今度書くとしよー(ウソです)

※ノストラダムスと同様に2000年になったら、すぐに忘れられるんだろーなー。
12月24日

非常事態
前回、新幹線の中でこのホームページを書いていたのだが
今度は、在来線の中で書いている。
いつもなら、20分程の車中なのだがナント1時間以上乗っている。
10駅程先の線路近くで火事があって、電車の中で閉じ込められた というわけだ。
駅と駅の間で1時間程、立ちっぱなしで缶詰になりやっと動き出した。
「この電車が一番早い」というアナウンスを信じて、各駅停車に乗った
のだが全然進まない。
一駅いったら10分止まり、ナゼか急行に抜かれ、一駅いったら
10分止まりナゼか急行に抜かれという具合だ。
一番早いといっていたのに、なぜか抜かされてしまう。
我慢強い、日本人もこの状況下ではイライラがつのり、
怒りっぽくなるのである。
今も、出発する出発するとアナウンスしながら10分以上出発しない。
マア、前に座っているサラリーマン風のカシオペオをズート
触っている人や右隣の読書をしている人はそれ程でもない。
しかし、かなりの人が怒りをあらわにして、途中の駅で降りていった。
私も、HP680がなかったら、車掌に怒鳴り込んだかもしれない。
電車が止まるのはしかたないが、情報が錯綜するのがイケナイ。
トラブルの時程、会社や人の本質が伺えるものである。
あーでもよかったHP680があって。
これさえあれば、例え核ミサイルが飛んでくる事態になっても
HP680を取りだし、こーやってホームページを更新していると
回りの人からは冷静な人と尊敬されるはずだ。
あと、ひと駅で我が駅。ここまで2時間程かかった。
でも、東京に住んでたときは 毎日こんなもんだったかー
12月17日
リアルタイム日誌 上京編
久々の出張。東京に向かっている。
HP680を購入してから初めての出張である。
これは、新幹線の中で書いているのだが、
さすがに揺れる・・・・
大阪から東京までの車中、約3時間。
無論、仕事をしない手は無い。
しかし、普段はEXCELを中心に図形を多様しているものだから、
HP680では同じ様にはいかない。
なんせ、ポケットエクセルでは図形が書けないのだから。
というわけで、仕事をするのをあきらめて、こうやってホームページを
書いているのだ。
三島を通り過ぎてもうすぐ東京なのだが、せっかくの遠出だというのに、
プロバイダのアクセスポイントを調べるのを忘れていた。
さらに、ホテルの予約も人まかせだったので、果たしてホテルから通信
できるのだろうか・・・。
プチ(電源OFF)
プチ(電源ON)
今、新横浜を過ぎた。もうすぐだ。
座席を回して対面にし、4人で宴会をやっていた連中が降りていった。
静かだな〜。
そういえば、以前名古屋に住んでいた事がある。
東京へ出張した帰りの新幹線では、必ず同僚、上司と宴会をやった。
ひと仕事終えた開放感。
それに、東京〜名古屋の2時間という時間はパーティータイムには
もってこいなのだ。
周りの人に迷惑だろうなーと思いながらやってしまうのである。
現在、私は大阪に住んでいる。
東京からの帰りに新幹線を利用した場合、
ウルセーなコイツラと思いながら名古屋人をみている。
名古屋に着いてコイツラが降りていき、祭りの後の空しさを
すべて背負い込む様にして大阪までのあと一時間を過ごすのである。
と書いている間に着きそうだ。
プチ(電源OFF)
12月12日
連続冒険活劇 680の大冒険 8回目 今までのお話し
JORNADA村から、兄弟を探す旅をしている680であったが、
ミニコン国で、Sun族と戦ったがまったく歯が立たない!!
ショックのままうずくまる680の背後にSun族の敵と思われる、
何百の騎馬隊が迫っている。
680ピンチ!! 早く逃げるんだ!!
と、作者が応援する間もなく2騎の騎馬がせまって来た。
「アッツ!」
680が声を上げた瞬間に、騎馬の戦士に両肩を持ち上げられ、
騎馬隊の中へ引きづられて行った。
「隊長。この者です。」
「ウン。見たところSun族の者ではないな。」
「僕は、680です・・・JORNADA村から兄弟を探すため、旅をしている者です・・」
もはや、戦う事も逃げる事もできない680であった。
JORNADA村,・・・・・・、顔を見せて見ろ!!」
680が顔をあげた。
「もしかして、お前の母親は620でないか?」
「ハイ。そうですが・・・」
「ガハッハッハ、そうか、そうか・・・・・」
いきなり、隊長が満面の笑みを浮かべ、
「皆の者!! 聞け!! この者は我々と同様HP族であるぞ!!」
なんと、この手の冒険話しは都合良くできているもので、
680最大の危機と思われたが、捕らえられた先はなんと、母方の
親戚であるHP族であったのだ。
Sun族に攻撃された傷の手当てを受けながら、HP族の騎馬隊と
共に過ごす680であった。
「隊長、なぜSun族と戦うんですか?」
「うん。それはな、もし戦わねばこちらがやられてしまう。
戦いを望んでいるわけでは無いんだ。」
680に説明する隊長であった。
「それに、680。バブル崩壊で日本の経済は冷え込み、昔みたいに
UNIXサーバだからって簡単に売れないんだ。この中で生き残るのは
顧客データ・・・・・・」
680にはよくわからない話しだったので、さえぎる様に680が言った。
「そんな事よりも、隊長。僕にSun族と互角に戦える様に攻撃技を教えて下さい。」
「いいぞ。まず、わしにお前の攻撃をしてみろ。」
とまどいながら、680が攻撃をしかけた。
「TCP/IP、POP3オープンシステムキック」
「ははっはは・・・。そんな攻撃じゃダメだな。」
「もっと、お前らしい攻撃をしかけないと、やつらには通じないぞ。」
「自分らしい攻撃・・・・・・よーし」
「大容量48M CFカード メガトンパンチ!!」
「だめだな。もっと自分の特徴をアピールするんだ。」
「よーし、では・・・」
680が身構え精一杯の声を張り上げた!!
「個人情報携帯端末でブラインドタッチができ、リモコン代わりにもなるんだよカカト落とし!!」ブーン
「うーん カシオペアユーザから文句が出そうだが、いいぞ! その調子だ!」
てな、感じで技を鍛錬する680であった。
傷も癒え、攻撃技に自信を取り戻した680がある時、
「隊長、そろそろ僕・・・・。兄弟探しの旅に戻ります・・」
「わしたちといっしょにSun族と戦う気持にはなれないのか・・」
「そんな、企業間の戦いには巻き込まれたくないです。僕はやっぱり個人をターゲット
としたコンピュータなんです・・。だから・・・」

「わかった。お前はお前の道を歩むがいい。」
せっかくの親戚との出会いをたちきり、心身ともリフレッシュした680は
兄弟探しの旅に戻るのであった。
次回、摩訶不思議な国に紛れ込んでしまった680〜。お楽しみに。
12月02日
変質者
子供を寝かしつけて、居間で過ごす夫婦の時間。
テレビを見ている私の近くでアイロンがけする妻。
「なんで、コイツといっしょに居るんだろう?」
という疑問を妻帯者は感じた事があるはずだ。
「ヒャー。なんて冷たい人なのー」
なんて、思ってはいけない。
「なんで、コイツといっしょに居るんだろう?」
と思ったあと、二人が出会った頃から、結婚して、子供ができてと
二人で過ごして来た「時」を振り返り、たまらなくイトオシくなるのである。
新婚当初なら、マチガイなく、後ろから押倒していただろう。
そう、その感覚である。
数ヶ月振りにHP680と再会して、以前の様にいしょに時を過ごすこの頃。
机の上に置いてあるHP680を見ていると、その感覚を感じる。
出会って、わずか半年の私とHP680は新婚と同様。
欲望を抑えきれなくなり、こうやってHP680のキーボートをやみくもに
入力するのである。
ゼエゼエ・・・。
11月27日
本心
HP690が発表された。
680から690。
メモリが16Mから32M。
提供されるソフトが若干増えた様だ。
わすか、半年でマイナーチェンジがあるとは・・・。
HP680もパソコンなのである。
しかし、私は
いくら新しいものが出たからって、すぐに飛びつくほど薄情ではない。
今まで過ごしてきた期間が大切なんだ。
私は他のマシンに目移りなんかしない。
当然これからもHP680を大切にする!!
と、HP690の発表を知ったその夜 なぜか妻にひつこく力説してしまった。

※多くのメールを頂いておきながら、返事を書けなくてゴメンナサイ!!
11月20日
連続冒険活劇 680の大冒険 番外編
「ヒエーお侍さん、おやめ下さい。」
「オラオラ、いやなら越後屋に借りた、10両とっとと返すんだなあ。
それが無理なら・・・・デへっへっへヘ、娘 こっちに来い。」
「タヒケテー・・・・」
その時、
「およしなさいよ。お侍さん。」
戸が開き遊び人風の男があらわれた。
「こんな小さな長屋で騒いでいると表までまる聞こえですぜ」
「なんだと・・・・。きさま、何者だ!!」
「名のるほどの者ではありません。それより、娘さんを放してあげなさい。」
「なにを!。たたっ切ってやる。」
侍が刀を抜き、男に切りかかった!!
すると小柄な男は、一瞬消えたかと思える程、素早く飛び上がり、
切りかかってきた侍の頭の上を飛び越えた。
そして、勢い余って頭から戸に突っ込んだ侍に、
「そんなIntel in Sideのナマ刀では、あっしは切れませんぜ」
「畜生、今度くるまでに返す金を用意しておくんだな!」
捨てゼリフを吐き侍は出っていった。
「娘さん。大丈夫ですかい。」
「はい。ありがとうごうざいます。」
「ところで、娘さん。どうして10両もの借金をなさったんですか」
「エッ・・・・。実は3年前にパソコンを買ったのですが・・・
次から次へとOSがバージョンアップされ、
ハイスペックでないと動かなくなるし・・・
それで、ついついハードディスクとかCPUを買ってしまったんです。」
「それは、辛い日々でしたね。しかし、娘さんだまされちゃーなりませんぜ。」
「これをお使いなさい。」
男が小さいパソコンみたいな物を娘に手渡した。
「これは?」
「Windows CE」
「ありがとうございます。せめてお名前を・・・・」
「SH3 in Sideとでも名乗っておきましょう。」
「それでは、これで・・・」
男が出って行こうとした時、思い出す様に振り返り
「1年に1回はOSのバージョンアップがあります。
ROMのアップグレードをお忘れなく。もちろん、値段はメーカの言い値ですがね。」
「ウン!?・・・。それじゃ・・・・ 」
唖然とする娘を後に、680はお江戸の正義を守るために
夜の町の中に消えていったのであった。                 つづかない
11月12日
TV世代
私の小さい頃を思うと世の中変わったなーと感じる。
その中でも自分の中で劇的に変化したのはTVである。
別に、ロンドンブーツの番組に代表されるバラエティ番組
の過激さとか、土曜日の夜中のお色気番組が少なく
なったとかいう事ではない。
それは、リモコンである。
なんせ、昔はTVの前にいってガチャ、ガチャとチャンネル
を回していたのである。
それが、ボタンを押すやつに変わり、そしてリモコンの登場である。
このリモコンなにがすごいって、TVの前にいかずにチャンネル
を変えれるのである。
このおかげで、TV番組をサーフィンする事が可能になり、同時に
複数の番組を見る事だって可能になったのだ。
私なんて自慢じゃないが、この間まで木曜9時に見たいドラマが
2本、バラエティが1本あったがそれら全て見ていたのである。
私の家では、このTVリモコンを尊敬をこめて「チャンネル チェンジャー」
とお呼びしている。
えーと・・だいぶ前置きが長くなったが、
680である。
このホームページでもリンクされている伊藤さんのホームページの掲示板
で素晴らしい書きこみを発見した。
680を赤外線リモコンにできるソフト情報である!!
早速、ダウンロードさせてもらい試行錯誤しながら設定をおこなった、
TVのリモコンを680の赤外線ポートへ向けると、送られてきた情報を
セーブでき、今度は680から、セーブした情報をTVに向けて放って
やれば、アラ不思議!!
680からTVがコントロールできたのだ!!
なんて、すごいんだ!!
この夢の様な出来事を妻に報告したのだが、
「フーン。それで、どうすんの」
「ウーン・・・・・・・・・」
いや、これは素晴らしい何かの始まりなのだ。
なにかに利用できるはず きっと たぶん・・。
でも、思いつくのはTVとかエアコンをいきなりボタンひとつで電源OFF
して家族を驚かしてやれ! とかいう風にイタズラ系しかない。
やはり、TV世代の私にはバラエティ番組程度の事しか思いつかない
のか、と思いつつも 今日も何かヒントがないかとTVを見るのである。
(みの もんた とか デビィ夫人なら何か知ってそうな気がする・・・)
11月05日
さらにパワーダウン
わたしの住んでいるところは、大阪からチョット離れた下町で
あるが、その町の駅にIC電話がやって来た。
3台あったグレ電のうち2台がIC電話になった。
このIC電話、カメレオンみたいにド派手な色合いで、
グレ電なんかに比べると小ぶりなその姿はヤハリ
ハ虫類が2本足で突っ立っている様なのである。
こんな不気味な電話。
私はまだ使用した事がない。
                                          まだまだ続くIC電話編

※IC電話 世間ではこう呼ぶのか知らないが、テレホンカード
        じゃなくてICカードで使う電話の事です。
10月28日
お久しぶり
HP680と久しぶりの再会。
液晶がシマシマになり修理に出したりとか色々とあり、
2ヶ月ぶりに私の手元に戻ってきた。

HP680が無い期間は苦労した。
スケジュール管理は、捨てたハズのザウルス
を探してきて、なんとか急場をしのいだが、
「行動リスト」、「ToDo」がないのはいたかった。
このため私は随分と会社で信用を無くした様だ。
もしこの時、ロンドンブーツとかの番組で、カシオペアに
軟派されていたなら、間違いなくお持ち帰りされていただろう。
また、ガサイレされたらEメールができるPHSが出てきて
クロと判定されていただろうーな。
ウンーン男も女もモバイラも弱い生き物である。
しかし、なによりなにより。

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